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トップお知らせゆいの森> 「今、読んでほしい吉村昭」を紹介します~第4回「北天の星」~

「今、読んでほしい吉村昭」を紹介します~第4回「北天の星」~

このコーナーでは、コロナ禍の今、おすすめの吉村作品を紹介します。
第4回は、
長篇歴史小説『北天の星』。死病と呼ばれた天然痘の予防のため、日本で初めて種痘を行った五郎治の激動の人生を追います。

北天の星AY-12-414-001-0001  下巻AY-12-414-002-0001
『北天の星』上・下 (新装版 平成12年 講談社文庫)

 長崎系の種痘法は全国にひろがって定着し、それに努力した医家たちは医学史にその名をきざまれたが、その導入よりも二十五年も前に種痘をおこなった中川五郎治の名は消えたも同然の扱いを受けた。それは、かれが種痘の重要さを知らず生活の資としてのみ考え、その医術を他の医家たちに伝えることをしなかったためであった。(『北天の星』下 新装版 平成12年 講談社文庫)

はじめに―「北天の星」について

 鎖国令が敷かれたエトロフ島に、二隻のロシア艦が来航しました。五郎治と左兵衛はその船で強制的にオホーツクへ連れ去られてしまいます。しかし、諦めずに帰国への道を探る中で、五郎治は種痘の方法を学ぶ機会を得ました。当時の日本では天然痘は死病と言われ恐れられていましたが、ロシアでは天然痘に感染した牛の体液を使用する種痘(牛痘法)という予防法が普及していたのです。
 奇跡的に帰国することができた五郎治は、松前に住み、日本で初めて種痘を成功させます。それは長崎から日本全国に種痘が広がっていく25年も前のことでした。

五郎治という人物

 「北天の星」は江戸後期に実在した中川五郎治の史料を元にして描いた長篇歴史小説です。昭和50年に刊行され(講談社)、昭和55年に文庫化(講談社文庫)、平成12年には新装版(講談社文庫)が発売されました。すべて上下巻で構成されています。
 吉村は五郎治が生まれた青森や、帰国後暮らした北海道などにも調査に向かい、作品を描き上げました。執筆のきっかけとして「シーボルトをはじめ多くの医家たちが種痘の導入に失敗を繰返していた折に、医学知識もない元エトロフ島番人小頭にすぎぬ五郎治が、着実に種痘をつづけていたことが興味深く思えた」と述べています。(※1)また、種痘のための痘苗を譲ることは競争相手を作ることでもあり、自分の生活がおびやかされると懸念した五郎治の姿勢などを、「五郎治の人間臭さ」として興味を持ったとも記しています。(※2)
 上巻には、五郎治がエトロフ島から連れ去られていく過程や、ロシアでの生活、下巻には帰国や種痘をするようになった経緯について丁寧に描かれています。その緻密な描写は、五郎治の人生を追うだけでなく、鎖国政策下の日本の置かれた状況を、国内外の視点で浮き彫りにしました。 
※1 ※2 「覚書」(『北天の星』下 新装版 平成12年 講談社文庫)より

本文にふれてみませんか1 ~内保にきた「二隻のロシア艦」~

 その瞬間、かれの体が硬直した。朝霞のただよう内保の湾に、眼にしたこともない大小二隻の黒々とした舟がうかんでいる。帆柱が三本突き立ち、その頂きに旗印が垂れ、船べりには多くの穴がみえ、そこから大砲の砲口ものぞいている。船形は、千石船と全く異り、甲冑(かっちゅう)で身をかためたような堅牢さとたけだけしさをもっている。小波の立つ海面に、それは岩肌を露出した島のように静止していた。
 湾には、不気味な静寂がひろがっている。(『北天の星』上 新装版 平成12年 講談社文庫)

本文にふれてみませんか 2 ~日本初の「種痘」~

・・・それは、ロシアで習いおぼえた通りの方法であったが、果してそれが安全な種痘といえるかどうか疑問であった。

 かれの胸には不安が強くなり、不吉な想像にもおびえるようになった。牛の体に発した天然痘に感染して、イクが本格的な天然痘になり悶死することも考えられる。仮に膿が天然痘と無関係であったとしても、悪性の毒がイクの体内にひろがるおそれも十分にある。

 医学知識のないかれは、自分の行為がどのような結果をうむか推測もできず苦悩した。(『北天の星』下 新装版 平成12年 講談社文庫)

おわりに

 吉村は、天然痘に立ち向かう人物を主人公とした作品を他にも執筆しています。合わせてご紹介します。
 下記の久蔵と笠原良策は、「北天の星」にも登場します。

「久蔵」……『花渡る海』(昭和63年 中公文庫)
「笠原良策」……『めっちゃ医者 伝』(昭和46年 新潮社)
        『雪の花』(昭和63年 新潮文庫)※
 
 私たちの生活は、治療方法がわからない伝染病に立ち向かった人々の歴史の上に成り立っていることを改めて考えさせられる作品です。ぜひ、ご覧ください。
 
※『雪の花』(昭和63年 新潮文庫)は、『めっちゃ医者 伝』(昭和46年 新潮社)として刊行され、文庫化にあたり大幅に加筆された作品です。

 


 

掲載日 令和2年6月1日 更新日 令和2年11月28日
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