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沢木耕太郎氏の新刊『旅のつばくろ』(新潮社)に、吉村昭との思い出を綴ったエッセイが収録されています。関連著作とともにご紹介します。

 書影旅のつばくろ沢木耕太郎『旅のつばくろ』(令和2 新潮社)
 
 『旅のつばくろ』(新潮社)は、世界を旅してきた沢木氏による初の国内旅エッセイ集です。連載中の新幹線車内誌「トランヴェール」(JR東日本)で発表した41篇を収録しています。
 ここでは、吉村昭との思い出が記された「縁、というもの」、「初めての駅、初めての酒場」の2篇を、関連する吉村作品とともに紹介します。

沢木耕太郎「縁、というもの」(『旅のつばくろ』令和2 新潮社)

「東京で生まれ育った私には宮城というところに特別の縁はなかった。だが、私の三十代の終わりの頃、ひとつの縁が生まれた。」

―吉村が名を挙げたことにより、出版社から講演依頼を受けた著者は、宮城県栗原市築館を訪れる。講演会後の懇親会で、吉村が著者にかけた言葉と、一人の読者との間に生まれた「縁」とは。―

 このエッセイの中で、沢木氏は、『戦艦武蔵』(昭和41年 新潮社)を書いた先達として、吉村を尊敬していたことを記しています。取材、旅など、共通のテーマをもつ両者。ボクシングもその一つでした。
 吉村は、取材や調査を基に、ボクサーを主人公とする短篇「鉄橋」(『星への旅』昭和49年 新潮文庫)や、「十点鐘」(『下弦の月』平成元年 文春文庫)、長篇『孤独な噴水』(『孤独な噴水』平成8年 文春文庫)を描きました。
 沢木氏も、元ミドル級チャンピオンのカシアス内藤を追った『一瞬の夏』上・下(昭和59年 新潮文庫)や、元ボクサーを描いた『春に散る』上・下(令和2年 朝日文庫)などを刊行しています。
 平成8年には、「ボクシングに酔い、時代に出会った」(吉村昭『時代の声、史料の声』平成21年 河出書房新社)と題する対談を行いました。取材エピソードや、思い出深い試合とボクサーの姿、また、小説でボクサーの“生”を描くことについて語っています。中でも、「孤独な噴水」について、沢木氏は、ボクサーの「見事な終わり方」が描かれていると述べています。この作品は、昭和39年、吉村が、37歳の時に書き下ろしで刊行した最初の長篇小説でした。京成線の新三河島駅界隈を取材し、主人公の住む町に設定しています。
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(左)吉村昭『時代の声、史料の声』(平成21年 河出書房新社)
※吉村昭 沢木耕太郎 対談「ボクシングに酔い、時代に出会った」収録。吉村没後に刊行された対談集。
(右)吉村昭『孤独な噴水』(昭和39年 講談社
※文庫版は、昭和53年講談社文庫、平成8年文春文庫より刊行。

沢木耕太郎「初めての駅、初めての酒場」(『旅のつばくろ』令和2 新潮社)

「・・・山手線を日暮里で降りて、駅の外に出てみることにしたのだ。/といっても、ただ日暮里の駅で乗り降りするためだけに行くのはもったいない。日暮里出身の作家である吉村昭の記念文学館に行ってみることにした。」

―著者は、山手線内回りの上野から池袋までの駅を、あまり利用したことがなかった。そこで、日暮里駅で下車し、吉村昭記念文学館までの道を歩く。展示を見学した後、再び日暮里駅に向かう途中、「居酒屋と小料理屋の中間のような店」に立ち寄り、酒を味わい、吉村を偲ぶ。―

 このエッセイの中で、沢木氏は、吉村が度々、語ったというエピソードを思い出します。それは、取材のために訪れた町の飲み屋で、刑事や税務署員に間違われたという話でした。吉村の著作では、「人相」「ハイカン」(『わたしの流儀』平成13年 新潮文庫)、「偽刑事」(『天に遊ぶ』平成15年 新潮文庫)などに記されています。
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(左)吉村昭『わたしの流儀』(平成13年 新潮文庫)※「人相」「ハイカン」収録。
(右)吉村昭『天に遊ぶ』(平成15年 新潮文庫)※「偽刑事」収録。
『漂流』(昭和
51 新潮社)執筆のため、取材に訪れた島での出来事を題材とした作品。
『天に遊ぶ』は、原稿用紙
10枚以内の掌編小説21篇を収めた短篇集。


 荒川区では、平成21年に沢木氏をお招きし、講演会「吉村昭について」を開催しました。今回、ご紹介した「縁、というもの」、「初めての駅、初めての酒場」には、沢木氏が抱く吉村の面影が色濃く感じられます。二人の作家、その佇まいにも引き込まれるエッセイです。
 沢木氏が綴る旅先で出会った人びとと、記憶に残る言葉の数々、その時々の光景は、読み進むほどに温かく染み入り、旅から帰ってきたような余韻に包まれます。「旅のつばくろ」とともに、改めて、沢木作品と、吉村作品にふれてみてはいかがでしょうか。

 



 

掲載日 令和2年6月10日 更新日 令和2年6月10日
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