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「山の日」を前に

  今年から新たな祝日「山の日(8月11日)」がスタートする。2013年に富士山が世界文化遺産に登録されたのをはじめ、「山ガール」という言葉もすっかり定着。さらに近年では「トレイルラン」への注目も高まるなど、山に対する話題に事欠かない状況だ。山に関心がない、接点がない人もこれを機に山の魅力に触れてみてはいかがだろう。

冨士三十六景

歌川広重/〔画〕  井澤英理子/解説  折井貴恵/解説  河野結美/解説  佐々木守俊/解説  町田市立国際版画美術館/監修  二玄社  2013.9

表紙画像

  山(特に富士山)を描いた浮世絵、とくれば、葛飾北斎の「冨嶽三十六景」を思い浮かべる方が多いのではないだろうか。しかし、何を隠そう「東海道五拾三次」で有名な歌川広重も最晩年、富士山を題材に三十六景を描いていた。この本では、三十六景すべてとその解説を、途中コラムも交えながら掲載している。

  本書を読むと、富士山そのものは同じ土地に同じ姿であるのに、アングルや季節が変わるだけで、こうも違う表情を見せるのか、と驚きを隠せない。(例えば、同じ広重画の「江戸名所百景」とこの「冨嶽三十六景」では、同じ土地でも違う描き方をしているというような、対比作品も掲載されている。)

  個人的に最も好きな作品は“武蔵小金井”。桜の洞から富士山を覗くなんて、何と粋な構図だろう!と、周囲に咲く桜の美しさも相まって、眺めていてうっとりしてしまった。他にも、富士山より馬の方が目立っている“下総小金原”は、何とも言えない絶妙な馬の表情に思わず笑みがこぼれ、“駿河薩タ之海上”は北斎へのオマージュとも挑戦とも取れるような作品でドキドキしたり。本書は見開きの左側のページいっぱいに絵が掲載されているので細部までとても見やすく、発色もいいので原画にほぼ近い美しさが味わえる。解説も、質問→回答形式になっていて読みやすく、「へ~」と頷くことしきりである。

  この本を読んで、普段山にほとんど興味のないわたしだが、実際にこの土地の同じ場所に立ったら今はどのように富士山が見えるのだろう、と「山の見える景色」を見に出かけたくなった。登山とはまた違う、「登らない山の楽しみ方」を教えてくれた1冊である。

山小屋の主人を訪ねて

高桑信一/著  東京新聞  2014.3

表紙画像

  山小屋の仕事はそれほど利益を生む仕事ではないそうだ。山が好きで、登山者が好きで、山小屋を愛さなければやってはいられないという。山小屋の主人というと髭面の男性を勝手に思い浮かべてしまうが、実は女性もいる。

登山家、カメラマンでもある著者は「小さくて、しかも主人の顔が見える山小屋を訪ね、ささやかな光を当ててみたい」と執筆を始めた。北海道から九州まで27の山小屋の主人を訪ね、山に入ったいきさつや小屋での暮らし、山の魅力を写真と文で紹介している。

  著者の想いと合わせるように、表紙ではランプの光が山小屋の主人を優しく照らしている。対照的に中を開くと、鮮やかな写真が目に入る。山の絶景と主人の姿だ。家族の意思を継いで、山小屋が縁で結婚してなど主人になった理由はさまざまだが、みな穏やかで良い顔をしている。誠実に山や登山者と向き合い、山の暮らしに誇りを持って生きているからだろう。

  読み進めるといつしか主人たちに魅了され、山に登りたくなる本である。

言葉ふる森-作家による「山」のエッセイ・紀行30編-

山と渓谷社/編  山と渓谷社  2010.2

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  遥か昔。地上に下ることを嫌ったガンジスが天の高みからなだれ落ちた時、その激流を受け止めたのはヒマラヤ山中に立つシヴァ神の蓬髪だった。ヒマラヤが見せる雄大な情景は正にガンジス川の神話そのもの。かたや、山自体、自然自体を神と考え信仰したのは日本だ。ところが、大正時代頃から盛んとなる欧米の価値観を伴った近代的登山の流入により「自然という神」は一掃させられてしまう。いま私たちが登るのはそういう山だという。そして、そんな近代登山が生まれた経緯を今も垣間見ることができるのが上高地。上高地を入口にした幾つもの登山コースはさながら神様が人間に下さった戯れのための道筋である。

  ただし、どれだけ山が神聖なものだとしても、登山者が山中で出会う野生動物、シカやサルなどは山村においては害獣になる。でも獣害の原因を作ったのは誰か。動物のえさを育む広葉樹林を針葉樹林に植え替えた他ならぬ人間だ。しっぺ返しが今来ている。クマ狩りを生業とするマタギとの交流は、山には二つの貌があることに気付かせてくれる。一般の人が普通に歩く「表の貌」と、マタギたちが生きる「裏の貌」。その極端なまでのコントラストを形成する日本の山は、私たちにとって貴重な財産なのかもしれない。

  それぞれ独立した山にまつわる30篇の文章が一つの山を成す。


掲載日 平成28年12月5日 更新日 平成28年12月9日
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